2013年の予備調査以来、毎年この地に足を踏み入れている。コンゴ民主共和国マイ=ンドンベ州(旧バンドゥンドゥ州)ボロボ郡バリ地区、首都キンシャサから北へ直線距離で約250kmに位置する。昔わたしがフィールドにしていたチュアパ州(旧赤道州)ワンバに比べると圧倒的な近さだ。チャーター機を使えば、1時間あまりで喧騒の都会からのんびりした田舎の村にワープできる。
本来、ボノボは熱帯多雨林の深奥部にしかいないと信じていた。かつてボノボを探してコンゴ盆地の各地を旅したときも、辺縁部には目もくれなかった。
分布域西南端にすむボノボ
しかしここは違う。コンゴ森林の切れ目にあたり、一面が深緑のジュータンではなく、常緑の河辺林と草原がパッチワークのように入り交じっている。ここにボノボがいるという情報を初めて耳にしたときは半信半疑だった。しかし、明らかに彼らはいた。アフリカ大陸のボノボ分布域南西限にすむボノボたちだ。
樹上を移動するボノボのコドモ
朝3時半、まだ寝ぼけたままの頭と体でベッドから這いだす。軽い朝食をとり、弁当を詰めて外に出る。あたりはまだ真っ暗である。真っ赤なホンダのバギーにまたがり、森の入り口を目指して悪路を飛ばす。森の入り口でトラッカーと合流し、ヘッドランプを点して今度は徒歩で森の中に分け入っていく。

夜露のせいでズボンがずぶ濡れになる。約1時間後、昨夜のNkala集団の泊り場についた。森の中はいぜん暗く、ボノボたちはまだベッドから出ていない。大木の根元に座り、静かに彼らが起きだすのを待つ。

夜が白々と明けだしたころ、「ピャーピャー・・・」という甲高い声を合図に、ボノボたちがいっせいにベッドから出てきた。枝から枝へと樹上を移動し、ときおり甲高い音声を交わす。
現地調査で大活躍のホンダ・バギー(三井物産環境基金活動助成の支援を受けました)
枝に横たわり、樹上からこちらを見つめるPaul(オトナオス)
キンカンのような“ebun”の実
しばらくすると、Paulという名前をつけた1頭のオトナオスが木の幹にしがみついたまま”ebun”の実をほおばりだした。キンカンに似たオレンジ色の果実で少し渋い味がする。まだ気温が低いせいかボノボたちはそれほど活発ではないが、ここから今夜の寝場所にたどり着くまでの追跡行がはじまる。

Nkala集団は14頭が個体識別されており、誰が何を食べ、どのような行動をし、誰と誰がどんな交渉をもち、集団がどのような経路で遊動をするかなど、観察したことをすべて記録していく。こうした地道な基礎資料の収集こそが、他地域で蓄積されたデータとの比較を可能にするとともに、バリ地区のボノボの特性や新たな知見をもたらす第一歩となるのだ。
Nkala集団はかつて20数頭で構成されていたが、2014年と2015年にインフルエンザのアウトブレークが起こり数頭のボノボが命を落とした。ボノボやチンパンジーなど、パン属の類人猿は気管支系疾患に弱いとされる。その一方で、外部から侵入した密猟者や小動物捕獲用の罠によって、殺されたりケガをしたりする者も少なくない。わたしたちが森にいるときにすぐ近くで銃声を聞いたこともある。

この地域での人獣共通感染症や寄生虫症に関しては、JMCの新宅勇太君が調査を進めている。しかし、バリ地区は国立公園や保護区に指定されているわけではなく、地元NPOや住民が密猟や罠猟の禁止を定めた保護林も監視体制が整っているわけではない。今後、わたしたちがボノボの調査を続けるためには、地域住民と一体となって環境保全やボノボをはじめとする野生動物の保護に向けた活動にも取り組まなければならない。
(日本モンキーセンター園長 伊谷 原一)
2017年5月15日更新
関連キーワード:特集、ボノボ、アフリカ、珍しい