<特集>熱帯大都市の野生動物
その3 サルじゃないけどヒヨケザル
 ネズミとは関係ないのに名前にネズミが付く動物や、タイのなかま(タイ科)ではないのに○○タイと呼ばれる魚はたくさんいますが、サルじゃないのにサルと付く動物はそんなにはいません。このヒヨケザルくらいなものでしょう。英語でいうとFlying lemur、「空飛ぶキツネザル」の意味です。ムササビやモモンガのような飛膜(皮膜)をもち、夜行性で、木と木の間を滑空する動物です。ニホンザルなどのサルらしいサルを想像するとまったく別の動物のようですが、たしかにキツネザルには顔が似ているかもしれません。分類学的には「皮翼目」というグループに位置し、近年の研究からサルのなかま(霊長目)にもっとも近いグループとされています。リスによく似たツパイという動物がかつて霊長目に入れられていましたが(現在の分類では独立した登木目)、それよりももっと“サル寄り”とする説もあります。ヒヨケザルという呼び名もあながち間違いではなかったようです。マレー半島・ボルネオ島・スマトラ島などに分布するマレーヒヨケザルと、フィリピンにすむフィリピンヒヨケザルの2種類のみが知られています。

 そんなヒヨケザルですが、長年ずっと見たい動物の一つでした。かつてボルネオやスマトラなど訪問し、何度も見るチャンスはあったのに、なかなか運が悪く見つけられなかったのです。シンガポールはマレーヒヨケザルの出現頻度も高く、絶好の観察スポットだと聞いていましたので、今度こそ!と強く意気込んでいました。北部にあるシンガポール動物園やナイトサファリの敷地内、あるいは中央部のブキティマ自然保護区あたりによくいるとのことです。期待が高まります。

見つけた!野生のヒヨケザル!
 ところが、最初の2日間でそれらを訪ねてもまったく見当たりません。3日目に2回目のナイトサファリに行きましたが園内で見つからず、よほど相性が悪いと諦めかけて帰ろうとしたところ、出口付近の木の枝にぶら下がってもぞもぞ動くかたまりが目に入りました。執念でやっと見つけた、野生のヒヨケザルでした。人気の観光スポットなのでなかなか騒がしく、カラフルな照明で照らされ、車やバスも多い道路に面していましたが、ヒヨケザルはあまり気にすることなく木の葉をかじったりしています。よく見ると親子のようで、木にぶら下がる母親の腕のところからもう一つ小さい顔がのぞいています。さらに、同じ木にもう一組別の親子も見つかりました。ここまで待ち続けた甲斐がありました。しばらく観察している間に、木の枝を行ったり来たりしたり、尾の部分の皮膜を反転して排泄したりしていました。一晩中でも眺めていたかったのですが、帰りのバスもなくなってしまうので、泣く泣く帰途につきました。

カラフルな光が当たる場所でも、あまり気にしていないようすです。

母親の飛膜の中が汚れないよう、外に出て母親にぶら下がりながら排泄する子ヒヨケザル。
 じつはヒヨケザルは飼育が難しく、現在は世界中のどの動物園でも飼育されていません。木の葉が主食であるためその樹種の選定が難しいのと、狭い空間内での運動不足が問題になるらしく、生息地でも飼育下で長生きさせることができないとのことです。しかしここシンガポールでは、大都市の中にありながら、野生のヒヨケザルがたくさん(でもひっそりと)生活しています。野生でないと見られないのに、バスに乗って、サンダルで歩いて見つけることができます。現地に行きさえすれば、ほぼ確実に見られる。なかなか不思議な関係ですが、そういう野生動物がいるというのも、面白いものです。

(学術部 キュレーター 綿貫 宏史朗)

2018年3月19日更新
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