マンドリルのガボンは元気です
 2017年夏までアフリカ館でくらしていたマンドリルのガボン(1998年生まれ)。日本モンキーセンターで飼育しているマンドリル15個体のなかで、いちばん派手な顔と立派な体つきをしているのがガボンです。多くの来園者に、「すごい顔だね」「かっこいいね」と親しまれていましたが、現在はアフリカセンターの非展示エリアで仲間とともにくらしています。今回は、ガボンがどうして非展示エリアに引っ越しすることになったのかについて話をさせていただきます。

 2015年の春まで、ガボンはアフリカセンター(ゴリラやチンパンジー、マンドリルを飼育している施設)の展示エリアでくらしていました。群れのαオスだったので、群れのメンバーからは一目置かれる存在だったガボンですが、αオスだからこそのストレスをため込んでいたのでしょうか、自分で自分を咬んでしまう(自傷)ことがあり、ある日病院で手術を必要とするほどのけがをしてしまいました。けがが治って退院しても、群れに戻るとまた自傷行為をしてしまうことが続きました。はっきりした原因はわかりませんが、成長した若いオスたちが力をつけてきたことや、それにともなってメスとの関係性が変ってきたことが影響したのかもしれない、と当時の担当者から聞いています。


 自傷行為をとめるため、ガボンは2015年6月に群れから離れてアフリカ館(マントヒヒやコロブスなどを飼育している施設)での生活を始めました。アフリカ館に移動してからは、自傷行為はなくなり、減少していた体重もすこしずつ戻っていきました。

 気持ちを取り戻したようすのガボンをみるにつけ、誰かと一緒に生活させられたらいいのにな・・・と思うようになりました。そう思いながらも、アフリカ館の部屋はこれまで生活していたアフリカセンターの部屋より狭いのでけんかしたら逃げ場がないな・・・、どの個体なら狭い部屋でもガボンと一緒に生活できるかな・・・、ガボン以外のマンドリルはアフリカセンターの展示エリアでひとつの群れとしてまとまりつつあるからどうしたものか・・・と迷っていました。

 ちなみに、ガボンをもといた群れにもどすことは考えていませんでした。展示エリアの群れはすでにキンシャサ(2005年生まれ)という個体がαオスの地位についていたため、両者の間でなんらかの衝突がおこったり、ガボンが再び自傷行為を始めることが予想されたからです。

 2017年夏、アフリカセンターではチンパンジーの「仲間と一緒にくらそう計画」なるものがすすんでおり、チンパンジーが引っ越しをしたためもともとチンパンジーが利用していた部屋が空き部屋になっていました。展示エリアではないものの、アフリカ館の部屋と比べると床面積は3倍以上、高さも1.5倍はある部屋です。ここでならということで、ガボンの「ふたたび仲間と一緒にくらそう計画」が始まりました。

 引っ越し先では、まずガボンを中心としたオス群を形成することにしました。ガボンと一緒に生活するマンドリルは、ヤッシ(2011年生まれ)、サンフジ(2013年生まれ)、ニコン(2013年生まれ)が選ばれました。かつてアフリカセンターの展示エリアで群れ生活していた14個体のうちの若いオス3個体です。
ヤッシ(左)、サンフジ(中)、ニコン(右)

 実は、マンドリルは野生下では200個体を超える大きな群れを形成しますが、そのうちおとなのオスはたった数個体しか存在しないという報告があります。群れを構成するメンバーのほとんどがメスとこどもだというのです。おとなのオスどうしは、メスとの交尾の機会をめぐって争います。争いに敗れたオスは群れに残ることができません。その結果、あぶれたオスたちは、はなれオスとして群れとは距離をおいて過ごすことになります。

 日本モンキーセンターの群れは、14個体のうち6個体がオスです。そのうちキンシャサはすでにおとな、ニースケ(2010年生まれ)、サム(2011年生まれ)、ヤッシは青年、サンフジとニコンはまだこどもですが、5年後には彼らすべてがおとなになります。飼育下の限られた環境で、おとなになった6個体のオスが1つの群れの中で一緒に生活することは、メスをめぐる争いが勃発することが明らかです。

 野生下なら群れから離れるという選択ができますが、施設に限りがある飼育下では問題が生じるたびに群れから離すことは容易にできません。一方で、群れでくらすマンドリルを単独で飼育することはなるべく避けるべきです。こうした問題を解決し、限られた環境で動物に豊かな環境を提供するには工夫が必要です。それを解決する策がオス群の形成です。メスがいなければ揉めごとの種が減り、おとなのオス同士でも一緒に生活できるのではないかと考えたのです。

 ただ、ガボンは以前群れで生活していたころ自傷行為をしていた個体です。そこでガボンに過度なプレッシャーを与えないよう、体の小さな個体を同居相手に選ぶことにしました。それが、まだ遊びざかりのこどもだったサンフジとニコンです。彼らはとうに離乳していましたが、まだ幼かったのでガボンとの同居に不安もありました。そこで、普段サンフジとニコンの遊び相手になっていたヤッシも一緒に同居させることにしたのです。ヤッシが年上のニースケともよく遊び、社交的な性格をしていたことも決め手でした。

 8月中旬にガボンがアフリカ館からアフリカセンターへ引越し、下旬には若いオス3個体がそこに加わりました。3個体よりひと足先に移動していたガボンは、ひとりでそわそわした生活を送っていました。しばらくして3個体が隣室にやってくると、ガボンは安心したのかぐっと落ち着いたようすを見せるようになりました。初めてフェンス越しに顔をあわせたときは、皆お互いに「ニイッ」と歯を見せあい、マンドリル特有の挨拶をしていました。ヤッシとサンフジはお尻を見せて挨拶もしていましたが、ニコンだけはフェンス越しにガボンを挑発していました。2015年まではガボンと一緒にくらしていた彼らですが、まだ1~2才だったのでお互いにどのくらい覚えているのかはよくわかりませんでした。こどもたち3個体が新しい環境に慣れるのに時間がかかったため、馴致期間に1ヵ月を要しました。

 2017年10月3日、ガボンの群れ生活がふたたび始まりました。4個体を一緒にすると、ガボンはすぐにヤッシと「ニイッ」挨拶。サンフジやニコンのことはほとんどお構いなしですが、ヤッシのことは気になるらしく何度も「ニイッ」挨拶していました。サンフジたちとはちがってヤッシの体がちょっと大きくなっていたからでしょうか。ヤッシとニコンはガボンの後ろをついて歩くのですが、ガボンが振り向くと慌てて逃げることを繰り返していました。ガボンに興味はあるけれど、面と向かうとやっぱりビビっちゃうようです。ちなみにサンフジは慎重派で、ガボンに近づかず遠くから眺めているだけでした。

 ひさかたぶりの仲間との生活に安堵しているのか、ガボンのこどもたちへの反応は驚くほど紳士的で、マンドリルってなんて穏やかな交渉をするんだと感激してしまいました。見た目はとっても派手で厳つい顔をしているマンドリルですが、その挨拶の仕方の奥ゆかしさといったらありません。(隣のチンパンジーの「仲間と一緒にくらそう計画」はいつもハラハラドキドキ大興奮のオンパレードなので、より一層そう感じるのかもしれません。)

落ち葉の中に撒かれた小麦を探すヤッシ(左)、ガボン(中)、ニコン(右) 2017年11月撮影

 心配していたガボンの自傷行為もなく、一年たった現在も4個体の同居生活は順調に続いています。ただ、ガボンのヤッシたちへの態度は、月日が経つにつれ変化しています。はじめのころは、4個体が一緒に採食していても黙々と食べていたガボン。次第にヤッシに対して厳しくなり、そこのけそこのけといわんばかりの態度をしめすようになりました。最近ではニコンに対しても、近くで食べものをとろうとすると「ゴッ」と脅しています。あいかわらずサンフジはガボンが近くに来るとサッと逃げるのでガボンに怒られることはほとんどありません。ヤッシも成長したといってもまだひょろひょろ体型なので、しばらくはガボンが優位に過ごすのだと思います。ヤッシやニコンが恰幅のよいおとなオスになるころ、彼らがどんな関係性を築くのか若干の不安はありますが、きっとマンドリルの「ニイッ」挨拶で問題解決してくれると期待しています。

(附属動物園部 アフリカセンター担当  廣澤 麻里)


日向ぼっこをするガボン(奥)とニコン(手前) 2018年12月撮影

2018年12月16日更新
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