アメリカの博物館にて① アメリカ自然史博物館の剥製展示
 2023年9月,アメリカの博物館2か所,動物園5か所を1週間で巡るという機会を得ました.なかなかの強行スケジュールでしたが,初のアメリカ訪問で,さすがアメリカというような規模の大きな施設をいくつも回ることができました.その時の様子のごくごく一部は10月15日に開催した友の会のつどいでご紹介しました.分類や形態が専門の私が書く記事ですのであえてここでは博物館のほうに焦点をあてて,まだ話しきれていないことを書いてみたいと思います.

 ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館は収蔵点数3500万点,所属する研究者200名以上を誇る,1869年設立の世界屈指の自然史博物館です.動植物や古生物,地質や鉱物,宇宙,そして民族学や人類進化など,幅広い分野を扱っています.当然ですがすべてを1日で見るのは到底不可能で,哺乳類展示や人類展示を回って(それでも結構な駆け足でした),興味のあった化石のところは何とか通り抜けました.宇宙や鉱物(宝石などもたくさん展示されています)まで回ることはできませんでした.ちゃんと全部を見ようと思うと3日がかりかもしれません.

 さてそんなアメリカ自然史博物館のセントラルパークに面した入口から館内に入ると,吹き抜けのロビーで3体の恐竜が出迎えます.そこを抜けた1階中央の部屋が有名なアフリカ産哺乳類の展示室The Akeley Hall of African Mammalsです.


 中央にはアフリカゾウの剥製8体が行進し,それを取り囲むように1階と2階に28もの小部屋が並んでいます。それぞれの小部屋はふんだんに剥製を使ってさまざまな環境に生息する哺乳類を紹介するジオラマとなっています.

 この小部屋の奥と左右の壁,それに天井のつなぎ目は滑らかな曲面となっていて,人工物を想起させる「角」がないのも特徴です.壁に描かれた背景画,豊富な植生,生き生きと躍動するように作られた剥製,それらが一体となり1つの「絵画」のように美しい光景が作られています.そしてそれが暗い部屋に浮かび上がるように並ぶことで,ギャラリーのような美しく,少し幻想的な空間が出来上がっています.中には,ヤマアラシと対峙するサイ,ひなを守ろうとイボイノシシに立ち向かうダチョウなどの「劇的なシーン」も作られています.もちろん霊長類の剥製も並びます.


 アメリカ自然史博物館はこうした「ジオラマ」を多用した展示が並びます.哺乳類のギャラリーは他にも北米の哺乳類とアジアの哺乳類の部屋があります.特に北米産哺乳類の展示室の争うヘラジカの剥製は大迫力でした.人類進化の展示室には,ネアンデルタール人のキャンプなどもあります(もちろん剥製ではありませんが).他にも海洋の生態系の展示や鳥類の展示にもこうした「小部屋のジオラマ」が使われています.百聞は一見に如かずといいますが,細かい解説文を読まなくてもイメージを十二分に伝えることができます.




 さて,アフリカの哺乳類ギャラリーに話を戻しましょう.このギャラリーではそれぞれの展示の左右に解説文がつけられています.片方は植生など環境に関する説明,もう片方は動物に関する説明です.両方で,1つの展示全体を説明できる形になっているわけです.

 ここで違和感を覚えたのがライオンの解説を見ていた時です.ライオンの解説のところにはLion (Leo leo)と書かれていました.かっこの中は斜体で書かれているので学名のはずです.しかし今使われている学名がPanthera leoというのはさすがに覚えていましたので,この解説文はとにかく古い,もしかしたら作られた当時から変わっていないのではないか,という気がしてきました.それが確信に変わったのはチンパンジーのジオラマです.そこに書かれていた学名はChimpansee troglodytesChimpanzeeではなくてChimpanseeなのがミソです).日本モンキーセンターができたくらい,今から70年ほど前にはすでにChimpanseeではなくPanを使っていましたから,それよりも古い解説文なのか,と思ったのです.

 世界最高峰の自然史博物館の1つであるアメリカ自然史博物館ですが,展示ができてから100年近く経つ,つまりそれだけ知見が蓄積しているにもかかわらず,解説文に手を加えていないのです.由緒ある展示室だから変えられないのかもしれませんが,「これでいいの?」とちょっと思ってしまいました.剥製のジオラマそのものは古くても素晴らしさがあせることはないのですが,古い解説文によって少し水を差されてしまったような気がしました.そしてその「これでいいの?」は霊長類展示室でさらに深まってしまうのです.(次回へ続く)

(学術部 キュレーター  新宅 勇太)


2023年10月31日更新
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