ひとりじゃないよ。 ~ジャス、復活への道~
皆さん、シロテテナガザルのオス「ジャス」をご存知でしょうか? ジャスは現在、ギボンハウスでミュラーテナガザルのメス「クリケット」と混合飼育をしています。 2頭は違う種類のテナガザルですが、とても仲良くくらしており、「ジャスクリ」の愛称で親しまれています。




いまでこそ平和に生活しているジャスですが、ここまでたどり着くにはたくさんの苦難がありました。ジャスの過去に何があったのか。そしてどうして現在、違う種類のテナガザルであるクリケットとくらしているのか。今回はその経緯をお伝えしたいと思います。
ジャスは2010年6月1日にシロテテナガザルの群れの中で生まれました。家族の中で育ったジャスはとても好奇心旺盛で、のびのびと成長しました。しかし、3歳11ヶ月のときに右上腕部を檻に挟んで骨折してしまいました。おそらく、檻の外の葉っぱを取ろうとしたのだと思います。幸い、腕を切断することはありませんでしたが、骨を繋げるためにステンレスの棒を埋め込む手術をしたことで、長い入院生活を余儀なくされました。

それから1年3ヶ月後ようやくシロテテナガザルの群れのもとに帰ってきました。これでひと安心、と思った矢先、なんと今度は別の箇所を骨折してしまいました。長い入院生活で太陽の光も十分に浴びず、ろくに運動もしてこなかったため、急激な運動量の増加に骨が耐え切れなかったことが原因だと思われます。

ジャスが2度目の入院生活を送っているころ、関係者の間で次回のジャスの退院先について話し合いがおこなわれました。本来であれば、もともと暮らしていたシロテテナガザルの群れに返してあげたいところです。しかし、ジャスの年齢が6歳を迎え、大人への仲間入りをする時期に差しかかっていたため、このまま群れに戻ると、ほかの大人のオスとケンカしてしまう可能性がありました。また、再骨折を防ぐため、徐々に運動量を増やしていけるようなリハビリ空間も必要でした。そこで、私たちが退院先に選んだのが、ミュラーテナガザルのクリケットでした。


クリケットは高齢ですが、まだまだ元気で、その穏やかな性格と年の功で、やんちゃ盛りのジャスを受け入れてくれると考えました。また、クリケット自身も長年単独飼育されてきました。テナガザルは本来オスとメスから成るペアとその子供たちで家族をつくって生活します。仲間とくらすことで、テナガザル本来の行動や特性を発揮することが出来ます。ジャスの将来とクリケットの余生をより豊かにするために、ペアとしてくらしてもらうことにしました。2頭は違う種類で、体格や毛色など外見の違いはありますが、行動の特性はほとんどかわらないため、コミュニケーションは成立すると期待しました。

ジャスを退院させるにあたり、いきなりクリケットと同居させるわけにはいかないので、お見合いとジャスのリハビリが出来る小部屋をミュラーテナガザルの放飼場に作りました。

そして10ヶ月の入院期間を経て、ついにジャスがクリケットの元にやってきました。




最初は2頭とも不思議がっている様子でしたが、思っていたよりも過剰な反応はせず、落ち着いていました。 その後はしばらく網越しでの見合いを続け、約1か月後には短時間ですが、初めて同居に踏み切りました。ケンカすることもなく、同居の回数を重ねるごとに、遊んだり、グルーミングしたりする姿がみられようになりました。また、テナガザルは種類によって歌声が異なりますが、一緒に歌う姿も観察されるようになりました。
そして2017年5月、ついにジャスのリハビリ期間が終了しました。獣医師の許可もおりたので、約1年8ヵ月ぶりに広い放飼場へ放飼しました。久々の放飼場に少し緊張した様子でしたが、クリケットの後を追うように、ゆっくりと、ひとつひとつ確かめながらブラキエーションをはじめました。現在では、他のテナガザルたちと同じように朝食のタイミングで外放飼場へ出て、日中を過ごし、夜は寝室に入って眠ります。普通のことですが、この普通をジャスが手に入れるまでたくさんの苦難がありました。そして、それを乗り越えてこられたのは、多くの周りの人たちの助けと、何よりジャスの頑張りがあったからです。


ジャスがまた、外に出て自由に遊びまわりながら生活することができるようになって、本当に良かったです。また、ジャスを受け入れてくれたクリケットにも感謝の気持ちでいっぱいです。

霊長類の多くは本来、2頭以上の集団をつくってくらします。しかし、JMCではやむをえず1頭でくらしている個体も少なくありません。そんな個体を少しでも減らせるように頑張っていきたいと思います。

(記:1・4・6枚目の写真は打越万喜子が提供)
(附属動物園部 北園担当  石田 崇斗)


2017年7月15日更新
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