野生のコアラを求めて
昨年3月、私はサルのいない国、オーストラリアで野生の有袋類・単孔類を観察する機会にめぐまれた(「霊長類学者、オーストラリアへ行く」)。卵を産む哺乳類、ハリモグラ。おなかの袋(育児嚢)で子どもを育てるカンガルーやコアラ。アジアやアフリカでサルや類人猿ばかりを見てきた私にとって、なんと奇天烈で霊長類学の視点から見ても面白い動物たちだろうと感動の連続だった。

しかし心残りがひとつあった。そのとき訪ねたカンガルー島(フリンダーズ・チェイス 国立公園)には、もともとコアラは生息していない。生息地破壊や感染症が原因で個体数が減っているコアラの保全を目的として、人為的に導入されたのが野生化したのだ。実は真の意味で野生のコアラを見たとはいえなかったのだ。木の上のコアラを発見する感動を教えてくれたカンガルー島に感謝しつつ、次はぜひ、生来からの野生のコアラを調査したいと思って帰国した。

それから半年が経った10月。ビクトリア州にある野生動物の保護施設との共同研究で、 ふたたびオーストラリアを訪ねることができた。ビクトリア州はコアラの分布域である。これはチャンスと思い、コアラゲノムの解析を一緒にさせてもらっているオーストラリア博物館の共同研究者にメールを書いて、野生のコアラを調査、観察できる場所はないか教えてもらった。
ユーカリの木の上のコアラ。(2017年10月、グレート・オトウェイ国立公園)

メルボルン市近郊の宿を拠点とした。西へ海岸沿いに続くグレートオーシャンロードをレンタカーで走り、野生のコアラがいるという情報をたよりにしてユーカリの林を探した。レンタカーを止め、上を向いて歩いていると、まんまるとした灰色の塊。これはカンガルー島でコアラを見つけたときの既視感。熱帯の森で樹上のサルを見つけるあの感覚。コアラだ。
見つけてみるとあっけないもので、こちらの感動はよそに、コアラは眠たげに木にしがみつき、ときどき“サル”のように枝を手でたぐりよせて、ユーカリの葉を食べていた。見慣れてくるとコアラにも地域差があることに気づく。日本の動物園では「南方系」とも呼んだりするが、ビクトリア州のコアラは体格が大きく、毛も長い。これは寒冷適応だと考えられる。ニホンザルだと北に行くほど体格が大きくなるので、こんなところにも北半球と南半球の“逆転”が見つかって面白い。


ビクトリア州のコアラは体格が大きい。2017年10月、グレート・オトウェイ国立公園)
研究とはいかに対象を知りたいという欲求のままに追求できるかにかかっている。はじめて野生のコアラを目撃することができたその次は、別の地域のコアラの姿を知りたくなってしまった。霊長類を研究している者としての、霊長類のいない国に住む動物への興味は、まだまだ終わりそうにない。
(学術部 キュレーター 早川 卓志)

2018年1月26日更新
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