三魔女、テケ王国を行く。

スメル
 東京は、総武本線浅草橋駅近くに“Smell”というクラシックでなつかしい感じの喫茶店がある。きっぷのいいお姉さんが仕切っていて、浅草では有名らしい「ペリカンのパン」を使ったタマゴサンドやチーズトースト、それにドライカレーなど、それはそれはおいしいものを香り高いコーヒーとともにたくさん出してくださるお店で、地元では結構有名らしい。

 それにしても。スメル、という名前はちょっと気になる。もちろんこれは英語で、「匂い」という意味である。“Smells good”というのは「いい匂い」ということだから、スメル、だけでも、なんとなく、いい匂いっぽい雰囲気が日本語ではしないわけでもないが、おそらく英語圏のカフェの名前にすることはできない。英語圏で”Smell”って書いちゃうと、おそらく、「におうぞ〜」、「変なにおいだぞ〜」ということを連想させてしまって、とてもカフェの名前には、なりはしない。でもそこは、和製英語なので、ちっとも構わないのだ。日本の喫茶店の名前としてはパーフェクトである。しかしながら、同時にその挑発的な命名は、海外生活が長くて英語もフランス語も(リンガラ語も)自在にあやつる岡安直比には「変な名前」として記憶され、「浅草橋にあるコンゴ大使館にビザを取りに行く時には、必ず、あのスメル、とか、スメリーとかいう変な名前の喫茶店で何か食べたい」と思わせるに十分だったのだ。

 よその国にそれなりの期間、とりわけ、調査などの目的で赴く時には、「ビザ」を取らなければならない。2016年、Mbali に入る調査チームの面々もまずは、コンゴ民主共和国のビザを取らないと、現地入りできない。問屋街の続く浅草橋は、外国の大使館がありそうな街では、ちっともないのだが、コンゴ民主共和国の大使館は、そのような、大使館のありそうにはない通りの、大使館ではありそうにないビルに、ある。2016年梅雨時のある日、私たちは、東京は下町、浅草橋の駅に集合した。のちに“三婆”と呼ばれることになることも知らず。噂の喫茶店、スメルで、美味しいサンドイッチやドライカレーを食べながら、ほとんど初顔合わせの私たち三人は、夢中でいろいろな話をした。
 Mbaliに住むテケの人たちは、とっても平和的で、穏やかで誇り高い人たちなんだって。森の他の動物は食べても、ボノボだけは自分達の祖先と同じだから、食べてはいけない、って言って、まもってきた人たちらしいよ。ザイール(コンゴ民主共和国は以前、ザイールという名前でした)内戦の時も、テケの人たちだけは巻き込まれずにいて、Mbaliあたりは平和だったんだって。

 そうなんだ〜。それにしても、マラリアにはなりたくないよね。アフリカから帰ってきたらすぐ、日本の仕事に戻らないといけないから、マラリアとかかかってるヒマないよね。熱帯熱マラリアになると死ぬから。予防薬?飲んだらほんと気持ち悪くて仕事できないから、マラリアのラピッドテストだけ持って行って、マラリアって出たら、すぐ治療するのでいいかな。マラロンって薬が今一番いいらしいけど、すごく値段が高いよね。

 テント、どうする?持って行ったほうがいい?コンゴ川をさかのぼる船の上で使うから持って行ったほうがいいよ。広域調査でも、いるしね。ボノボを観察するときに森で座る椅子は、モンベルの三角の椅子がいいよ・・・。

 とかなんとか、私たちが喫茶スメルで、年甲斐もなくダイ・ハードな話題で騒いでいたことを聞いた、伊谷園長が、岡安直比に「三ババでの楽しいひと時、何も知らない周りの人たちはビビったでしょう」という感想を送ったことから、Mbali Mbaba Misatoの誕生となり、それがこの連載につながっているのだから、園長はいつだって仕事熱心で、モンキーセンターを支える仕事をなさっていると言えるのである。かくして、浅草橋のスメルは、「バリの三婆」誕生の地として記憶されることになった。これから、コンゴ民主共和国のビザを取りに浅草橋に赴かれる方は、どうぞスメルにお寄りください。
三砂 ちづる
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2017年7月13日更新
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