「骨屋」の骨コラム④ 「のど仏」の話
 10月以来、半年ぶりの骨コラムである。前回は耳小骨というマニアックな骨に走ってしまったが、今回は定番の話題で一席。

 宗派や地域によって違いはあるだろうが、現代日本の葬儀では、荼毘に付された遺体のお骨を拾うときに「のど仏」と呼ばれる骨を大切に取り上げることが多いと思う。この「のど仏」は第二頸椎という骨で(写真1,C2)、生きているヒトの「のど仏」とはまったく別物だ。

 生きているときの「のど仏」は甲状軟骨の喉頭隆起という部分である。キリスト教圏では「アダムの林檎」と呼んだりする。あわてて呑み込んだ禁断の果実が引っかかったままになっているらしい。たしかに男性の方が目立つ。この「のど仏」は軟骨なので、火葬されると失われる。

 というような話を聞いたことのある方は多いだろう。私自身も骨の話をしているとよく「のど仏」について質問を受ける。親族の死に立ち会う機会があると、改めて「のど仏」を意識するものらしい。

 生前、喉頭軟骨があったあたりに燃え残るのが第二頸椎である(写真2)。第二頸椎には歯突起(しとっき)という出っぱりがある。これを頭に見立てると、仏さまが座っているように見える。通常の背骨では、前方(胴体の内側)に椎体、後方(背中側)に椎弓があって、真ん中に椎孔という脊髄の通り道があるのが基本構造だ(写真1,C3)。ところが、脊柱のてっぺんでは第一頸椎の椎体が第二頸椎に移ったような格好になっている。その結果、第一頸椎は環椎とも呼ばれるリング状になった(写真1,C1)。その直下の第二頸椎は軸椎とも呼ばれ、歯突起が環椎の内側に入り込んで首の左右への回転運動を担っている。



写真1.ヒトの上部頸椎(レプリカ)。上が腹側、下が背側。左から第一頸椎(C1,環椎)、第二頸椎(C2,軸椎)、第三頸椎(C3)。



写真2.ヒトの頸部骨格を左後方から見る(レプリカ)。大後頭孔(FM)の下に第一頸椎(C1)、第二頸椎(C2)がならんでいる。甲状軟骨は舌骨(H)の直下にある。

ヒトの話だけで終わらないのがこのコラム。ヒト以外の霊長類の「のど仏」を見てみよう(写真3)。おおむね似たような形だが、ニシゴリラやボルネオオランウータンの「のど仏」は、だいぶ脚を伸ばして長座しているようだ。功徳が足りないのでだらしない姿勢になった、というわけではない。この脚にあたる部分を棘突起(きょくとっき)という。ここは首と頭を結び、支え、動かす筋肉の起点になっている。つまり、首の周囲の筋肉がゴリラやオランウータンではよく発達しているのに対し、ヒトではそれほどではないということを示している。


写真3.さまざまな「のど仏」。
後列:左からヒト(レプリカ)、チンパンジー(Pr3982 ♀)、ニシゴリラ(Pr4297 ♂)、ボルネオオランウータン(Pr5011 ♂)。
前列:左からフクロテナガザル(Pr5446 ♂)、ニホンザル(Pr4987 ♂)、ジェフロイクモザル(Pr3437 ♀)、ワオキツネザル(Pr5528 ♀)。

環椎こと第一頸椎を、英語ではアトラス(atlas)という。天空を支えるギリシア神話の巨神にちなむ。そのアトラスとがっちりペアを組んで生涯にわたり頭を支え続けた第二頸椎に対し、最後に敬意を表する。宗教を脇においても、悪くない習慣だと思う。本来ねぎらうべきは全身の骨なのだが。
(学術部 キュレーター 高野 智)

これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)

2018年5月25日更新
関連キーワード:骨、調査研究、おもしろい