三魔女、テケ王国を行く。

Fatima
 直比さんがリンガラ語がどれほど日本語とよく似ているか、について書いている。本当に不思議だけれど、アフリカの言葉には、日本語となんだか似ているものが多いようなのだ。直比さんはMbali のあるコンゴ民主共和国であまねく通用しているリンガラ語を日本で最もよく繰る方の一人であり、リンガラ語どころか他のアフリカ言語もしゃべれない私とは知識量が違うのだが、そんな私にも、アフリカの言葉と日本語が似ていることはしみじみとよくわかる。

 私の名前は三砂ちづる、という。アルファベットで書くと、Chizuru Misago。直比さんも書いているけれど、日本人の名前は、西洋言語圏の方々には、うまく書いてももらえず、読んでももらえず、一回ではさっぱり覚えられない摩訶不思議なものであるらしい、と感じることは多い。若い頃から本当はずっとアフリカに関わりたかったのに、人生はどのように流れるかはその時次第で、予想がつかず、わからないものだ。結局、アフリカではなく、一番長く暮らした海外は、ラテンアメリカの大国、ブラジルとなり、ブラジルの辺境、北東部セアラ州というところに10年ほど住んだ。ブラジルの言葉はポルトガル語である。ポルトガル語スピーカーの方にとって、Chizuru Misago というのは、悪夢のような名前であったらしい。ポルトガル語ではまず、Cで始まる言葉は「さしすせそ」の発音になるので、「ちづる」と言えない。「しづる」としか言えない。そしてUの発音もない。日本語の「う」に当たる発音は、アルファベットの「O」であらわすから、多くのブラジルの人は「ちづる」と聞くと、頭に浮かぶ綴りは、だいたい「Tesoro」となるらしい。

 私には息子が二人いて、その父親はブラジル人である。元夫がすなわちブラジルの人で、今でもメールなど交換するのだが、夫として長く暮らし、二人の子どもまで一緒に作った人でさえ、いまだに私の名前を正しく書けない。「Chizuru」ではなく、「Chizuro」と、最後を「O」で書いてくる。あのね、君は、私の夫であったこともある人なのに、なぜ、間違うかな、私の名前を。

 なんというか、ことほどさように、ヨーロッパ系言語が母語の人にとって、日本人の名前は理解しがたい。だからブラジルにいた時は、勝手にFatimaというブラジル名を名乗っていた。この原稿を書いている今、ブラジルに短期間だけれど、仕事で滞在している。この原稿はブラジルで書いて、ブラザビルにいる直比さんに送っているのだ。地球の裏で、しかも、世界の辺境同士で原稿のやり取りができてしまうようになった現代という時代の不思議さよ。

 ともあれ、ブラジルにも、今やスターバックスがいっぱいできていて、ブラジルのスタバのお姉さんは、お客さんが間違わないように、紙のカップにお客さんの名前を書いておくように教育されているので、必ず名前を聞かれる。
 スタバのカウンターで「名前は?」と聞かれて「ちづるです」などと言おうものなら、「へ?」「何?」「どう書くの?」とか、もう、大変なことになり、スタバの行列に影響が出るので、あっさり、「Fatimaです」というようにしているのである。

Fatima = Prof. Chizuru Misago at Tsudajuku University

 ところが、アフリカでは違う。アフリカの方には、Chizuru Misagoという名前はおおむね、すっきりと一度で覚えて頂ける名前であるらしい、ということを20代半ばに最初に働いた外国、ザンビアで、知った。アフリカの多くの国で、「ズル」さんという名前はごく普通にあるらしく、「チ」という接頭辞も結構いろいろあるらしい。よって「Chizuru」は大変、アフリカンな名前である、とよく言われた。「Misago」の方も、聞き覚えのある音らしく(中にnなど入れてMisangoにするともっとアフリカンなのに、と言われた)、ザンビアではすぐに覚えてもらえた。その後、数多のアフリカ出身の皆様にお目にかかる機会があったが、私の名前は、彼らの耳にはやさしい名前らしい。南アフリカからきたJomoさんには、「あなたの名前はとってもアフリカンだね、でも男の名前だなあ」みたいに言われていたから、おそらく、そういうものなのであろう。

 2016年、この連載のきっかけとなった、コンゴDRCへの旅では、私はエアフランスを使ってパリ経由でコンゴDRCの首都、キンシャサに入ることになった。ツアー会社の方から、あの、すみません、と連絡が入った。「航空会社に予約する時、Ms.とかMrs.とか、つけておくのを忘れました。でも問題ないと思います」ということだった。別に構わないけど、私の名前は、名前だけ見ると、アフリカ人男性に見えるらしいけど、大丈夫なのかな、本当に、と、ちょっとだけ思った。もちろん、何も問題ありませんでしたけど。
三砂 ちづる
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2017年8月9日更新
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