三魔女、テケ王国を行く。

共食
 ごはんを一緒に食べる、というのは十分に親密なことである。共食、ともに何かを食べる、ということについては、それこそ霊長類学や人類学で色々議論されていると思うので岡安さんにそのうち説明してもらおう。

 さて、生まれて初めてキンシャサに一人でついた私は、生まれて初めてメリバ・ホテルで武内進一さん(美穂さんの原稿に出てくる紳士、T氏)に会った。武内さんは昔、満鉄、今、アジ研、と言われる、伝統ある開発途上国研究のメッカ、アジア経済研究所の地域センター長をなさっている(この原稿を書いている今は東京外語大の現代アフリカ地域研究センターも率いておられる)ベテラン・アフリカ研究者である。フランス語もリンガラ語もあらゆる意味で堪能であり、コンゴDRCの経験も豊富で、頼りになることこの上ない。生まれて初めて会ったが、この「研究班を共にする」というのは、一緒に行動することでもある。生まれて初めて出会った、温厚で穏やかな妙齢(注:私にとって)の男性と、突然、朝・昼・晩と一緒にご飯を食べるのである。このホテル、朝、オムレツ作ってくれますよ、と親切に言ってくれる武内さんと、朝ご飯を二人で食べる。

 ホテルで朝ご飯を二人で食べる、というのはそれだけで、何やら親密なことである。この方はひょっとしたら亡くならないんじゃないか、とさえ思っていた聖路加病院の院長だった日野原重明先生が今年、105歳で亡くなった。彼と、さる医学系の学会で一緒になったという友人から話を聞いたことがある。彼女は日野原先生とは古い知り合いで、学会で同じホテルに泊まることになったのだ。

 学会で同じホテルに泊まる。そういうことは実はよくあることだということを学会に行ったことがある人はみんな知っている。学会では学会事務局がいくつかのホテルを押さえて、みんな同じホテルに泊まることが多いのである。そして、私が十年住んだブラジルでは、「学会とはアバンチュールの場である」と多くの人に理解されていた。学会とは、昔からの気心知れた知り合いとか、あるいは素性の知れた人とか、そういう「同じ分野でだいたい同じようなことを考えている人」の集まりなのである。初めから、それなりに親しい人ばかり集まっているのだ。そういう男女が、家族を家に置いて泊まりで出てきていると、だいたい「アバンチュールの場」と化すのである、とブラジルの人はいう。いや、私はそういうことは、お話だけしか知りませんし、日本の学会はそういうところじゃない(かもしれない)、と言っておきたいけど。
 それはともかく、私の友人は、さる、日本の学会で日野原先生と同じホテルに泊まり、お互いに忙しいので、学会の途中で会う暇がなかなかない、同じホテルだから朝ごはんを一緒に食べよう、ということになったらしい。ただ、日野原先生は、「お友達の保健婦さんと一緒に来てね」と別の人を誘った。「だって、ホテルで男女で二人で朝ごはん食べているのは、ちょっとよろしくないからね」と、いたずらっぽく笑ったという。日野原先生、90代の頃のお話らしい。長生きの秘訣とはこういうところにあるのではないか、いや、そういうところにあるに違いない。

紳士"T"氏こと武内さん。キンシャサ、WWFオフィス隣のプチカフェで共食中

 武内さんと二人きりのメリバ・ホテルは一日だけで終わり、翌日には、モンキーセンターの若い研究者、新宅さんがキンシャサにつき、私たちはいつも3人で行動するようになった。新宅さんも私はほとんど初対面である。初対面の、妙齢の男性と、若い男性と、突然、ずっと一緒にご飯を食べて一緒に行動する。キンシャサの日々はこんなふうに過ぎた。そしてマレボでも、共食の日々は続く。日本に帰ってくると、めったに会うことはないのだけれど、こんなにずっと一緒にご飯を食べ続けた武内さんも新宅さんも、もう私にとっては、他人ではあり得ない。この連載にも頻繁に登場してもらうしかないのである。
三砂 ちづる
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2017年9月19日更新
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