「骨屋」の骨コラム⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
 ニシゴリラの頭骨をみてみよう。頭の上、正中線上にニワトリのとさかのような突起がある(写真1)。まるで赤と銀の特撮ヒーローのようだ。これを矢状稜(しじょうりょう)ないし矢状隆起(しじょうりゅうき)と呼ぶ。生きているゴリラにとさかはないから、矢状稜は皮膚に埋もれている。

 矢状稜の両脇のえぐれた部分には何がつまっているのか。子どもにたずねると「脳」とか「水(ラクダのこぶを想起するらしい)」などの珍回答が出てくることもあるが、ここにあるのは筋肉だ。

 こめかみに手をあてて、口をもぐもぐしてみてほしい。こめかみがピクピクと動いているのがわかるだろうか。ここには側頭筋という筋肉があり、あごを閉じる働きをしている。先人たちは「こめかみ」が米をかむときに働いていることを正しく理解していた。

 ヒトの側頭筋は側頭部に扇状に広がり、頭頂部へ向かう中ほどで終わっている。側頭筋が付着していた場所は、側頭線という扇形のラインになって骨に残る。

 筋肉の大きさは,その動物のくらしの中で要求される働きによって変わる。単純には、大きな力が要求されるなら筋肉も大きい。骨はテコの原理で動き、関節や各パーツの配置で力学的な条件が異なるから、実際にはもう少し複雑だ。でも、霊長類に限れば条件はそう大きく変わらないので、単純に考えよう。

 かむ力が強くなると側頭筋は大きくなる。その側頭筋は脳頭蓋(のうとうがい:脳が収まる部分)の側面についている。ヒトの場合、脳頭蓋が特異的に大きく、そのわりに側頭筋が小さい。ヒトよりも小さい脳と、大きな側頭筋の組み合わせだとどうなるか。側頭筋が頭頂部へ向かって大きくなり、最後には左右の側頭筋が正中線上で出会う。そうすると矢状隆起ができる。さらに側頭筋が発達すると、隆起が上へ伸びることになる。

 ゴリラはほぼ例外なく矢状稜をもつが、多くの霊長類ではバリエーションがある。たとえばチンパンジーでは、矢状隆起ができたりできなかったりする(写真2)。要は脳頭蓋の大きさと側頭筋の大きさの兼ね合いである。

 矢状稜の有無は生きている動物の頭を見てもわかる。タロウに会いにくる機会があれば、ぜひその頭に矢状稜を探してほしい。

(学術部 キュレーター  高野 智)


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話

2018年6月10日更新
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写真1.ニシゴリラの頭骨(Pr4297 ♂)頭の上に矢状隆起(矢印)が目立つ。



写真2.チンパンジーの頭骨(Pr3982 ♀)側頭線(矢印)が頭頂部に寄っているが、矢状稜は形成されていない状態を示す。