「骨屋」の骨コラム⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨
 忘れたころにやってくる、2018年6月以来の骨コラムである。
 今回は、一般にはあまり知られていないと思われるが大切な頭蓋骨の要(かなめ)、蝶形骨を紹介しよう。

 ちなみに、このコラムでは「頭蓋骨」は「とうがいこつ」と読んでいただきたい。骨屋は「ずがいこつ」を使わない。大学で骨屋修行を始めたころ、先生方や先輩から口酸っぱくいわれたものである。「ずがいこつ」と読む人は骨にくわしくない人である。一般の人との会話ではそんな判断基準を用いるようになった。もし骨屋と話す機会があったら、「とうがいこつ」を使ってみてほしい。一気に警戒心を解いてもらえるだろう。ただし、難しい骨トークについていく覚悟が必要だ。

 それはさておき、蝶形骨である。蝶形骨は頭の中心にあり、皮膚の上から確認するのが困難な数少ない骨のひとつである。頭蓋は、はたらきの違いによって脳頭蓋(のうとうがい)と顔面頭蓋(がんめんとうがい)に分かれるが、蝶形骨はちょうど境界にあって両者をつないでいる。

 頭蓋骨を外から見ても、蝶形骨の形を想像するのは難しい(写真1)。しかし単独で見ると、たしかにチョウが羽を広げたように見える(写真2)。

 「蝶形骨」というのは形に基づく日本独特の呼び名だ。ラテン語ではsphenoidaleで、「くさび状の」という意味である。頭蓋骨の中心に打ち込まれたくさびという、機能に基づいた名称だ。くさび状の骨としては足の甲に「楔状骨(けつじょうこつ:ラテン語はcuneiforme)」というのがあるので、間違えないように(間違えようがないけど)「蝶形骨」にしたらしい。これはこれで優雅な呼び名だと思う。

 蝶形骨ほど多くの骨とつながっている骨はほかにない。脳頭蓋のすべての骨(前頭骨、後頭骨、頭頂骨(左右)、側頭骨(左右))と、顔面頭蓋の多くの骨(頬骨(左右)、上顎骨(左右)、篩骨、鋤骨、口蓋骨(左右))に接している。まさにくさびであり、アーチのキーストーンであり、扇子の要のような骨である。

 数年前に見たテレビドラマで、死体から蝶形骨だけが抜き取られる殺人事件というのを題材にしていた。どのような技術を用いるのか知らないが、頭蓋を破壊せずに蝶形骨を取り出すのはきわめて困難といわざるを得ない。

 バラバラになってもよいのなら、蝶形骨を取り出す方法はある。脳頭蓋に豆をつめて、水にひたしておく。すると水を吸った豆が膨張して内側からほどよい圧力が均等に加わり、骨がはずれる。私くらいのおじさんになると骨の癒合が進んでしまってうまくはずれないから、できれば若い人の骨がよい。骨屋のテクニックの初歩として習うのだが、残念ながらこれまで試す機会には恵まれていない。

(学術部 キュレーター  高野 智)


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数

2019年5月21日更新
関連キーワード:骨、調査研究、おもしろい

写真1.写真1.ヒトの頭蓋の側面観(レプリカ)。こめかみの赤い*の部分に蝶形骨の大翼が出ているが、側頭筋に覆われているため骨を感じるのは難しい。



写真2.ヒトの蝶形骨を上から(脳の側から)見る(レプリカ)。ひとりひとりの頭の中心でチョウが羽ばたいている。