前回の中村美穂さんのエッセイと写真に、私たちがMbaliで暮らしていたお家、というか、小屋、というか、建物が登場する。木のドアもあり、間仕切りもあり、各部屋の入り口にはカーテンがある。間仕切りはあるが、天井まで壁があるわけじゃないので、いびきは筒抜け。そういうところに男女混合で泊まっているのだが、みんなladies and gentlemanなので、特に問題なく、隣の男性のいびきを聞きながら、今日もぐっすり眠る、の図、なのであった。
こういった宿舎となっている建物と、メインのリビングのあるもう少しまともな建物があるが、そこは広大なアフリカ。土地だけはいくらでもあって、お家が足りない。こんなに広いファームがあるのだから、建物がもう少しあってもよかろう、ということで前編に書いたように、岡安直比さんが北欧の家具メーカーIKEAさんが難民用に作っておられるシェルターをゲットし、がんばって通関させ、コンゴ河をさかのぼる船の屋根に、梱包材、兼、隊長のお昼寝ベッドとして載せた。
さて、その段ボールに梱包されたIKEA難民シェルターはMbaliのファームに届き、組み立てられることになる。難民シェルターとして使われるためのIKEAハウスなので、「組み立ては簡単、一日で出来る」みたいなふれこみである。そして、いらなくなったら、「解体も簡単、再利用可能」なものでもあるらしい。そりゃそうであろう。難民キャンプにテントの代わりに建てて使うようなものなのだから、何日もかけて組み立てるものであろうはずがないし、そのあとゴミになっても困る。説明書を見れば、いかにも簡単に、おうちになりそうに見えた。
Mbaliのファームの日々は、まず、朝からボノボを追うことから始まる。日の出前から森に出かけ、ボノボを追い、夕方に帰ってくることもあれば、もっと早く帰ってくることもある。少し早く帰ってきた日や、ボノボを追いに出かけなかった日には、みなさん総出でIKEAハウス組み立てに勤しむこととなっていた。まず梱包を解き、説明書を広げ、どうしたものかと隊長が悩む。部品を確認するが、なんだか足りないものがある。建て始めたけれども微妙にあちらとこちらがしっかり噛み合わない。床に張るべきシートは壁とネジで固定するようになっているのだが、ネジを通すべき「穴」がない。
簡単に作れるはずのものなのに、微妙に何か足りない。足りないものは説明か、部品か、単に「穴」の存在か、それはとても一言で言えないのだけれど、設営にあたった日本人の多くには、既視感のある風景だった。ああ、あの安くて魅力的なIKEAの家具を組み立てるときと、あまりに似ているのだ、この感じが。簡単にできそうで、何か足りない。あっという間にできそうで、何日もかかる。
一日あればできるのではないか、のふれこみだったIKEA ハウス設営。来る日も来る日も取り組まなければできなかった。難民用シェルターであるIKEAハウスには、まともな窓もない。柱を立て、壁を組み立て屋根をのせ、穴なき床のシートに穴を開け、一つずつネジを締めていくのは、暑いMbaliでサウナの中で作業するごとく。
穴なき床のシートに穴をあけるために、若い新宅さんは指まで切った。IKEAハウスが出来上がった時、アジア経済研究所地域研究センター長(今は東京外国語大学現代アフリカ地域研究センター長でもある)の武内進一さんはおっしゃった。
「僕たちの時給から考えると、このIKEAハウス、高くつきすぎてませんか?」
モンキーセンター園長をはじめ、「長」のつく人間ばかりが、何日もかけて、JMCスタッフの指まで怪我させて、出来上がったIKEAハウスは、今もファームにひっそりと建つという。
(三砂 ちづる)