「骨屋」の骨コラム⑧ 蝶形骨、進化を語る
 前回の骨コラムでは頭蓋骨(とうがいこつ)の中心に位置する蝶形骨を取り上げた。今回はこの骨をもう少し掘り下げてみよう。

 前のコラムで紹介したとおり、蝶形骨はたくさんの骨と接している。まずはフサオマキザルの頭蓋を見てみよう(写真1)。側頭部において、蝶形骨(S)は頬骨(Z:「ほおぼね」ではなく「きょうこつ」)、頭頂骨(P)、側頭骨(T)と接している。頬骨(Z)と頭頂骨(P)がつながっていて、蝶形骨(S)と前頭骨(F)は接していない。これを仮にZ-Pパターンと呼ぼう。

 では次に、ニホンザルの頭蓋を見てみよう(写真2)。蝶形骨(S)は頬骨(Z)、前頭骨(F)、側頭骨(T)の3つの骨に接しており、頭頂骨(P)とは接していない。前頭骨(F)と蝶形骨(S)が接しているのはヒトも同じである。前回の骨コラムの写真1でヒトの頭蓋骨をご覧いただくと、前頭骨(F)と蝶形骨(S)がつながっているのがわかる。ただし、ヒトの場合は頭頂骨(P)も蝶形骨(S)と接している。ニホンザルとヒトに共通して、前頭骨(F)と蝶形骨(S)が接している点が、フサオマキザルと大きく異なる。これをF-Sパターンと呼ぼう。


(写真1)フサオマキザルの頭蓋(Pr5725)。頬骨(Z)と頭頂骨(P)が接していて、前頭骨(F)と蝶形骨(S)は離れている。


(写真2)ニホンザルの頭蓋(Pr3515)。前頭骨(F)と蝶形骨(S)が接しており、頬骨(Z)と頭頂骨(P)は離れている。

 それがどうした、と思われたかもしれない。しかし、神ならぬ真実は細部に宿るものである。Z-Pパターンは真猿下目の霊長類がもともと共通してもっていた骨の配置だと理解されている。フサオマキザルをふくむ広鼻小目の霊長類は、この特徴をもち続けている。対してニホンザルやヒトのF-Sパターンは、狭鼻小目の霊長類で新たに出現した派生的な特徴だとみなされている。

 現生の狭鼻小目の派生的な特徴としては、小臼歯の減少(『霊長類図鑑』の94-95ページを参照)や骨性外耳道の発達(骨コラム②と③「耳紀行:奥の細道(上・下)」を参照)などが挙げられる。これらの特徴とならんで、蝶形骨の周囲の骨の配置が狭鼻猿の進化を語るのである。

 ところが、一筋縄ではいかないのが生き物の進化である。初期の狭鼻猿の1種と考えられている化石種、エジプトピテクス(写真3:多くの人にとっては些末なことだが、プロプリオピテクスとする人もいる)には、F-Sパターンと小臼歯の減少がみられるが、骨性外耳道がない。そうすると骨性外耳道はいつ、どこで進化し、いかにして狭鼻猿の普遍的な特徴となったのだろうか。

 現生種だけをみるときれいに分かれるような気がしても、実際に起きたことをふり返ると、進化はモザイク状に見えてきて、単純なストーリーを描ききれるものではない。研究が進むと謎が深まる。研究の世界に身を置いているとよくあることなのだが、一般にはなかなか理解してもらえないところである。
(学術部 キュレーター  高野 智)


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数
⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨

2019年7月7日更新
関連キーワード:骨、調査研究、おもしろい

(写真3)エジプトピテクス(レプリカ模型)。模型のできが悪いので確認するのは難しいが、F-Sパターンの存在についてはコンセンサスが得られている。