「骨屋」の骨コラム⑨ 「気になるあいつ」の首の骨
 久しぶりの骨コラムである。今回は時事ネタで攻めたい。
 骨屋の性分で、漫画やアニメ、映画などに骨が出てくると、つい気になってしまう。ましてや登場する骨に違和感を覚えてしまったりすると、違和感の正体を明らかにしなければモヤモヤしてストーリーに没頭できなくなる。

 古典的で有名な例を挙げると、これは骨ではなく歯の話だが、宮崎駿監督の不朽の名作『となりのトトロ』に、メイちゃんの大切な「とうもころし」を奪うべく迫りくるヤギが登場する。このヤギには大きな上顎切歯(上の前歯)がある。ウシ科の哺乳類にはふつう上顎切歯がないので(写真1)、この個体はたいへん珍しい。


(写真1)偶蹄目ウシ科ヤギ亜科の仲間、ニホンカモシカの頭骨。上顎の切歯(前歯)は存在しない。

 もっと最近の例で気になるものといえば、『進撃の巨人』もそうだ。人体のようで人体とは異なる筋骨格構造をもつ巨人たち。この場合は、逆にヒトとずれている部分が人外のものの怖さを生み出しているといえよう。

 そして、2020年の日本列島を席巻し、骨屋の心をもつかんだ作品といえば、なんといっても『鬼滅の刃』である。我が家でもコミックスを全巻買いそろえ、アニメ版ともども息子たちと楽しんでいる。もちろん大ヒット映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』も鑑賞したのだが、この中で感じた違和感が今回のテーマである。


 脊椎動物であれば、首の中にはかならず背骨が通っている。哺乳類の背骨は、頭から尾に向かって頸椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎に分類される。首の中にあるのは頸椎だ。それぞれに特徴があるので、識別は容易である。頸椎の横突起には横突孔という穴が開いていて、椎骨動脈が通るようになっている。胸椎の横突起は太く、肋骨との関節面をもつ。腰椎の横突起は板状で真横に伸びている(写真2)。また、頸椎の椎体の下部は次の頸椎の椎体に食い込むように伸びているが、胸椎と腰椎の椎体は円柱状だ。人体では仙椎は癒合してひとつの仙骨になっており、尾椎はおまけのようなものだ。


(写真2)左から、ヒトの第4頸椎、第5胸椎、第3腰椎を頭側から見る(レプリカ模型)。上が腹側で下が背側。横突起の形態の違いに注目。

 『鬼滅の刃』の世界では、鬼は頸(くび)を切断するか、日光にさらすことによってのみ殺すことができる。鬼はもともと人間だったので、通常は鬼の頸にも頸椎が存在すると予想される。鬼殺隊の隊士たちは鬼の頸を斬るために剣技を磨き、死闘に臨む。

 さて、映画の中で主人公たちは激闘の末に列車と一体化した鬼の頸を見つけるのだが、ここまで長々と書いてきて何が言いたかったかというと、私には無限列車の鬼の頸の骨が腰椎に見えてしかたがなかったのである。しかも鬼は腹側を上に向けて仰向けである。

 写真3の腰椎を脳裏に焼きつけ、映画館ないし単行本7巻でぜひとも確認していただきたい。多くの骨屋が私と同じ疑問を抱き、このコラムを読んでしまった読者諸賢もきっと首肯するに違いない。


(写真4)ヒトの腰椎を腹側から見る(交連レプリカ模型)。シンプルな横突起が整然と並んでいる。

 列車と融合できるほど変幻自在に形を変える鬼であるから、頸椎を腰椎に変えるくらいのことは朝飯前なのかもしれない。でもその必要性はよくわからない。そんなこと、指摘するだけ野暮であることは十分わかっている。わかっていても口に出さずにいられないのが専門家というものである。
(学術部 キュレーター  高野 智)


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数
⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨
⑧ 蝶形骨、進化を語る

2020年11月28日更新
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