このまま人間が増え続ければ、地球環境はパンクする。東京人と同じ勢いでエネルギーを使えば、すぐに資源は枯渇する。頭でわかって?いても、自分ごとにできない人間社会。それをどう知らせるかに心を砕く毎日。自然保護の最前線は、想像以上に泥くさい。
ちづるさんが、「人間ってどこから来たのか。人間って何なのか。抱えた問いは底知れず」とMbaliの感想を綴ったけど、私の場合、Mbaliにいると「分相応」とか「足るを知る」とか、説法じみた言葉がしっくり来ちゃって、「今の日本でこれを伝えようなんて無理な相談」と、逆に達観しそうになる。お膝元のキンシャサも発展の芽が吹き出すイケイケどんどん。聞く耳を持つ人を見つけるのは至難の業。
いったい、どこへ行こうとしてるんでしょうね〜我々人間は。
かれこれ20年前、ミレニアムの頼まれ仕事で、「20世紀は発明と発展の世紀だった。そろそろ企業が実質的に売れるものも底をつき、21世紀に売れるのは“環境”か“戦争”しか無くなるだろう。どうせ売るなら“環境”にしよう!」みたいな記事を書いた。あの時は、1997年に体験したブラザビルの内戦と、その後の喪失感を自分の中で消化したばかりで、そのイメージを表現したけど、現実はどうだ。事実は小説より奇なり。
戦争を売りたがってる人が増えてはいないか?
いつ頃だったろう。
人類進化を行動から探る研究から、目の前のゴリラやボノボをほっておけなくて、自然保護に方向転換した。でも、それも結局、人類進化を垣間見ているのだと気づいたのは。
進化を論ずるに、2つ方法がある。古くは祖先を求めて化石を探す旅。私も小学生の頃、夢中になったけど、猿人とか原人とかミッシングリンクとか。何やらミステリアスな、シャーロック・ホームズがルーペを覗きそうなミッシングリンク。昔は“ミッシング”なんだから絶対見つからないと信じてたけど、我らがアイドル、東大博物館長、諏訪元さんが見つけてきた。私が隊長にお供して、ワンバにボノボを観に行った帰り道、ナイロビでお世話になって以来のお付き合いのあの方が!
ちづるさんにもお話しいただいた、モンキーキャンパスでも講義いただいたけど、「TIME誌の表紙を飾った自分の手」(歯の化石を持っている)とか、「こういうところ(エチオピアの荒野のスライド)を歩き回ると、化石だとピンとくる瞬間があるんですよ」ってあなた、ピンと来ないって、な、私もやってみたいと憧れた、ワクワクするお話満載だった。しかも見つけちゃったのがミッシングリンク! ナイロビで行くって言ってた、フィールドワークでのことだったのね~。
で、私は結局、違う道を選んだ。それが、生きたサルを観て進化を探る、日本発祥の「サル学」。こちらは動かない化石と違い、サル相手だから見つけやすいけど追っかけなきゃならない。でも化石じゃ死んでもわからない、「我々はなぜ集うか」っていう視点から切り込むことができる。当然、屋久島でも、魚釣るんじゃなくてニホンザル観察が本分だった( ̄▽ ̄;)
その新しい進化論へのアプローチ、現存のサルから社会進化を探る研究が、図らずも我々MMM生誕の1960年前後に、日本を飛び出してアフリカに展開した。その目的は、サルよりヒトにもっと近い類人猿のチンパンジー、ボノボ、ゴリラ社会を網羅して、比較しながら人間の萌芽を探ること。初期の調査隊は生息地に散らばり、何年もかけてフィールドを開拓した。我らがボノボ研究の生みの親は、実はちづるさんが一番、付き合いの長い加納隆至大将。
Nkalaの森で
あれから早60年(って、まだ生まれてへんかったがな)。
進化研究の第3の手法として遺伝子解析も参入し、チンパンジーやボノボと我々は、1千万年前じゃなくて一挙に半分の5百万年前まで一緒だった(ミッシングリンクが寄ってきた)という説も出てきた。フィールド研究では、チンパンジーやゴリラのオスは、自分の血じゃない子は殺すなんて、生臭い報告も現実として定着した。さらにチンパンジーは、戦争と呼びたくなる闘争をグループ間で繰り広げ(オスだけですけど)、片方が全滅(オスだけですけど)するまで止めないとか...。
これが人間の本性なのか? 進化の道筋なのか?? だから仕方がない!のか???
ボノボに聞いてみよう!
(岡安 直比)