「骨屋」の骨コラム⑪ 骨格の動きを見せる
 半年ぶりの骨コラムである。
 2021年夏の特別展「霊長類のアスリートたち ~骨からさぐる動きのひみつ~」のために、新たに2体の交連骨格標本を組み立てた。

 私たち骨屋にとって「骨格標本」といえば、すべてがバラバラになって箱に収まっているものである。組み立ててあると、関節面の形態などを観察したり計測したりすることができないので、研究には向かない。ドリルで穴を開けて真鍮線で編み込んだり、接着剤でくっつけたりして生前の姿に組み立てたものは、組み立ててあることを明示して「交連骨格標本」と呼び習わしている。つまりは博物館などで展示するための標本である。

 研究の可能性を犠牲にして交連骨格標本を製作する以上、展示効果の高い、生きている姿を想像できるものにしたい。日本モンキーセンターにはそれなりの数の交連骨格標本が所蔵されているが、大半は標本業者によるものだ。業者が作った交連骨格は動きのないものが多くて面白くないと、常々思ってきた。たとえば、写真1のニホンザルを見てみよう。立っているだけで動きがないし、よく見ると短い台座に無理やり合わせたのか、足の位置が前に行き過ぎてバランスが悪い。こういう残念な姿になってしまう理由は、標本を組み立てた職人が動物の生きている姿を見ていないから、ということに尽きると思う。交連骨格を動いている姿にしようとするなら、動いているときの骨の配置を把握している必要がある。


(写真1)ニホンザルの交連骨格標本(Pr925)。動きがなく、ポーズもアンバランス。

 骨屋の世界は、サイエンスであると同時に職人技の世界でもある。たくさんの標本を観察し、筋肉の解剖をおこない、動いている動物たちを観察していると、動物の身体の中で動いている骨や筋肉が見える(気がする)ようになる。いや、さほど毛深くない動物であれば骨の特徴点やおもな筋肉の位置は実際に見えている。シロガオサキのオスぐらい毛がもじゃもじゃになると難度が上がって、多少のコツと「心の眼」が必要にはなる。

 動きのある交連骨格を作りたいという思いで、2019年の特別展「骨から読み解く霊長類のくらしと進化 -霊長類骨格博物館-」から本格的に交連骨格のポージングに取り組むようになった。2021年の今回は運動能力がテーマということもあり、新たに2体の組み立てに取り組んだ次第である。

 動いているときの骨のイメージはできているので、製作上の最大のネックは製作者の工作技術である。写真2のアビシニアコロブスではジャンプする瞬間を、写真3のポトでは足で枝をつかんで旗のように真横に伸びる姿を、それぞれ再現しようと試みた。読者のみなさんにも意図したとおりに見えていれば幸いである。



(写真2)アビシニアコロブス(Pr878)。

(写真3)ポト(Pr5662)。

 今回の特別展では、ここで紹介した2点だけではなく、多くの交連骨格標本と剥製標本を用いて霊長類の骨格と動きとの関係を解説している。ぜひ足を運んで、骨屋が見ている世界を追体験していただきたい。
(学術部 キュレーター  高野 智)


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数
⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨
⑧ 蝶形骨、進化を語る
⑨ 「気になるあいつ」の首の骨
⑩ オトガイ神話

2021年6月25日更新
関連キーワード:骨、調査研究、おもしろい