「骨屋」の骨コラム⑫ 「パタス座り」のひみつ
 じつに1年10ヶ月ぶりの骨コラム。
 2023年4月1日に「原野と森の家」こと新アフリカ館がグランドオープンした。これに合わせて、新アフリカ館に引っ越した動物たちの骨を取り上げてみよう。

 新アフリカ館ではパタスモンキーをガラス越しにはっきり観察できるようになった。
 パタスモンキーは、サバンナを駆ける霊長類最速ランナーとして知られている。自動車で並走して計測した、時速55キロメートルというちょっと頼りない数字が引用され続けている。陸上競技100メートルの世界記録保持者、ウサイン・ボルト選手のトップスピードは時速42キロメートルほどだというから、パタスモンキーはだいぶ速い。
 そのパタスモンキーが座って休息している姿勢に注目すると、両ひじが体の前でならんでおり、ひじからすらりと真下に伸びた前腕が印象的である(写真1)。これを仮に「パタス座り」と呼ぼう。ほかの霊長類では、両ひじの間はもっと開いているのが普通である(写真2)。

(写真1)ひじを寄せて座るパタスモンキー。
在りし日のアトラス。
(写真2)座るアカオザル。両ひじの間が開いている。

 なぜ、パタスモンキーは「パタス座り」になってしまうのか。その姿勢のひみつは上腕骨の形態にある。
 パタスモンキーとニホンザルの上腕骨を比べてみよう(写真3)。パタスモンキーの上腕骨は大きく湾曲しており、ひじ関節は肩関節よりも内側へオフセットされた状態になっている。そのため両ひじが正中に近いところで接近することとなり、結果として「パタス座り」になる。
 ひじが内側に位置していることは、かれらの真骨頂である「走る」ことと関係している。パタスモンキーが歩いたり走ったりするときには、ひじが内側に入っていることで、手が体幹の真下に位置することになる。地上で速く走るためには、手や足で地面を蹴る反力を、効率よく重心を前に押し出す力に変換する必要がある。手が体幹の真下にあるのは、力の伝達を考えると理にかなっているというわけだ。
 一方で、木登りをしたり枝の上を歩いたりといった樹上運動には必ずしも有利ではないので、ほかの霊長類のひじ関節はパタスモンキーほど内側には位置しない。
 霊長類最速ランナーとはいっても、パタスモンキーがくらすアフリカのサバンナには、もっと高速で走るチーターなどの捕食者がいる。捕食圧が洗練された走りへの淘汰圧としてはたらいたことだろう。「パタス座り」は、走ることでサバンナを生き延びる厳しい生存競争が生み出した造形ともいえるのである。

(学術部 キュレーター  高野 智)
(写真3)右の上腕骨を前側から見る。上が肩関節、下がひじ関節。左:パタスモンキー(Pr2388)、右:ニホンザル(Pr4987)。パタスモンキーの上腕骨は大きく湾曲しているのがわかる。


これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数
⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨
⑧ 蝶形骨、進化を語る
⑨ 「気になるあいつ」の首の骨
⑩ オトガイ神話
⑪ 骨格の動きを見せる

2023年4月7日更新
関連キーワード:骨、調査研究、おもしろい