「骨屋」の骨コラム⑬ パタスモンキーの手足はどこが長い?
 すらりと手足が長い霊長類最速ランナーのパタスモンキー。前回のコラムでは、上腕骨の形から「パタス座り」のひみつを垣間見た。今回も引き続き、パタスモンキーを取り上げてみよう。
 パタスモンキーの四肢が長いのは、もちろんかれらの走行適応と関係している。ただし 、よく観察してみると、腕や脚の全体がまんべんなく長いわけではない。上腕(二の腕) と前腕(ひじから手首)、大腿(太もも)と下腿(すね)の長さの比率に注目して、パタ スモンキーとニホンザルを比べてみよう。
 まずは前肢(写真1)。上腕骨の長さはあまり違わないのに対し、前腕の尺骨と橈骨は パタスモンキーの方が長い。次に後肢を見ると(写真2)、やはりパタスモンキーの方が 、大腿骨に対して脛骨と腓骨が長い。つまり、パタスモンキーの手足が長いのは、上腕と 大腿はそのままに、前腕と下腿が長いからというわけだ。

(写真1)パタスモンキー(左)とニホンザル(右)の前肢骨の比較。
パタスモンキーの方が、上腕骨(上)に対して尺骨と橈骨(下)が長い。


(写真2)パタスモンキー(左)とニホンザル(右)の後肢骨の比較。
パタスモンキーの方が、大腿骨(上)に対して脛骨と腓骨(下)が長い。
 じつは、四肢の末端が長くなるのは地上を走る動物に共通してみられる傾向だ。走る動物の極端な例として、ウマを見てみよう(写真3)。ウマの上腕骨や大腿骨は体のサイズ に対してかなり短く、肘関節や膝関節はほぼ胴体に格納されている。胴体から「あし」と して飛び出ているのは、ひじから先、ひざから下だけである。さらに、ウマの場合は手首 から先と足首から先も非常に長く、指が1本しか残っていない。ここは手足を使って木に登る必要のあるパタスモンキーとは違うところだ。
(写真3)ウマを右側面から見る。体から「あし」として飛び出しているのはほとんどひじ から先、ひざから下だけである。

 さて、それではなぜ、走る動物は四肢の末端部が長くなるのか?
 速く走るためには何が必要かを考えてみよう。脚が長くなれば歩幅を大きくできる。筋 肉を大きくしてキック力を高めるのも有効だろう。そして、もう一つ大切なことがある。 それは、左右の脚の入れ替えを速くするということだ。地面を蹴ったら、すぐに次の着地 に備えるのである。
 手足を速く動かすためにどうするか。強大な筋肉で振り回すというのは得策ではない。 進化が導き出した答えは、四肢の末端を軽量化することだ。棒の末端をもって振り回すこ とを想像していただくとわかる。同じ長さで軽い棒と重い棒があれば、軽い棒の方が小さ な力で速く振ることができる。
 一方で、キック力を高めるということは筋肉を大きく発達させることになるから、脚は 重くなる。筋肉がたくさんついた重い脚は速く振れない。キック力を高めることと左右の 脚の入れ替えを速くすることは、矛盾した要求なのである。
 このジレンマを解決してくれるのが、四肢の末端を長くする作戦だ。ご自身の筋肉の付 き方を確認してほしい。指や手首を動かす筋肉は、大半が前腕にある。手のひらの中にあ るのは親指を動かす筋肉と指を左右に開いたり閉じたりする筋肉ぐらいのものだ。ひじを 動かす筋肉は、ほとんどが上腕にある。肩を動かす筋肉は大半が体幹にある。後肢につい ても同様だ。四肢を動かす筋肉は、ひとつ手前の節にあるので、末端に行くほど筋肉が少 なくて軽い。ウマは1本指なので、もはや手首から先に筋肉は必要ない。軽いパーツを長 くすれば、速く振ることができる。
 パタスモンキーのスタイリッシュな体型は、脊椎動物の筋骨格構造と物理法則が織りな す造形なのである。

(学術部 キュレーター  高野 智)
これまでの「骨屋」の骨コラム バックナンバーはこちら。
① コロブスには親指がない?
② 耳紀行:奥の細道(上)
③ 耳紀行:奥の細道(下)
④ 「のど仏」の話
⑤ ゴリラの頭に隠された秘密
⑥ 成長発達と骨の数
⑦ 蝶形骨:頭の中心で羽ばたく骨
⑧ 蝶形骨、進化を語る
⑨ 「気になるあいつ」の首の骨
⑩ オトガイ神話
⑪ 骨格の動きを見せる
⑫ 「パタス座り」のひみつ

2023年5月9日更新
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